<< November 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

モーツァルト講座 第3回 母アンナ・マリアと姉ナンネル

0
    モーツァルト講座第3回(7月1日)では、母と姉について話しをした。 

    まずモーツァルトの家族の肖像画を紹介。
    そこには貴族趣味(レオポルトの)が反映されていることを説明。

    母 アンナ・マリア 旧姓ペルトル
    1720年ザンクト・ギルゲンに生まれ  1778年パリ没
      
    モーツァルトの母は、ごく一般的な平均的な市民の女性と考えられる。
    モーツァルトの天才を特別な誇りに思っていたわけでもないようだ。
    常に愛情をもって見守った。モーツァルトとは良好な親子関係を保つ。

    マンハイム・パリ旅行では、ザルツブルクを離れることを許されなかった
    父レオポルトの命で、モーツァルトに同行。しかしこの旅は彼女にとっては、
    精神的かつ肉体的に大きな負担であった。パリで重病にかかり、帰らぬ人となる。

    取り上げた手紙
    1.ヴェルグル 1769年12月14日の母宛の手紙
    2.母の死に直面したモーツァルトの手紙
       パリ 1778年7月3日 父に宛てた手紙
        同日 ブリンガー神父に宛てた手紙 

     父や姉を気遣い、亡くなったとはすぐに伝えず、重病だとして心の準備を させる一方で
     モーツァルト家と親しかった神父に事実を伝える、という配慮を見せている。

    モーツァルトがパリ時代、とくに母の死の前後に作曲した作品には、特別な
    情感を持つものがある。それはあたかもモーツァルトの心情が伺えるようだ。

    鑑賞した音楽
    ♪ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ホ短調 K.304 第2楽章
      1778年6月作曲 この時は母すでに重病であった

    ♪ピアノ・ソナタ イ短調 K.310 第1楽章(一部)、第3楽章
      1778年7月3日の母の死の前後に作曲されたと思われる

    続きを読む >>
    la fontaine * モーツァルト * 23:56 * comments(0) * -

    モーツァルト講座 第2回 レオポルト・モーツァルト

    0
      2回目の講座(6月24日)では、父レオポルトとの関係を中心に話しを進めた。

      まずはじめに、モーツァルトの人生に決定的な役割を果たした父レオポルト・
      モーツァルトについて話しをした。

      レオポルトは、1719年にアウグスブルクの代々職人の家系に生まれた。
      少年時代、聖ザルヴァトール校というところで教育を受けた。そこはカトリックの
      聖職者になるために必要な教養を身に付けるところであった。6年の教育課程
      では、倫理学、科学、神学、修辞学が中心に教えられ、さらにラテン語、ギリシャ語、
      数学、物理学も教授された。さらにレオポルトは大変に成績が優秀であったので、
      次の3年の過程では哲学も学んだ。こうした学科をマスターしたことは、後に
      ヴォルフガングを教育する際に大いに役立っている(モーツァルトは学校に
      行かず、父からすべてを教わった)。
      レオポルトは勉学のみならず、歌手、ヴァイオリニストとしても傑出していた。
      続きを読む >>
      la fontaine * モーツァルト * 00:11 * comments(0) * trackbacks(0)

      モーツァルト講座 第1回モーツァルトの手紙について

      0
        モーツァルト講座
        第1回モーツァルトの手紙について

        6月17日宮城学院で私の担当する生涯学習講座「モーツァルト」が
        スタートした。そこで今後このブログでも概要を紹介していきたい。
        テキストとしてモーツァルトの手紙(上)(下)岩波文庫を使う。

        講座の主旨
        これまでモーツァルトの手紙は、主に伝記や作品の解説のなかで引用される
        ことが多かった。たしかに、手紙は第一義的には私信であり、学問の対象と
        直接は繋がりにくいように思われてきた。しかし、モーツァルトの手紙には
        多種多様な情報が詰っており、それを解き明かしながら生涯の軌跡や音楽を
        たどることは、大いに意義のあることである。それは人間モーツァルトに近づく手段でもある。
        前期(6・7月)の講座では、手紙に映し出された人間関係からモーツァルトの
        人間像と音楽に迫る。
        後期(10月〜07年1月)の講座では、モーツァルトが訪れた都市から発信された
        手紙などをもとに、時代背景や状況をみながらその音楽を解き明かしたいと考えている。

        1.手紙とは何か?
        現代の私たち通信手段は電話やメールであり、即時に相手と直接コミュニケーションを
        とることができる。18世紀において手紙は、個人間の通信手段に止まらず、
        家族や知人・友人にも共有される情報でもあった。時にそれは書き写され
        回覧もされたくらいだ。今日と違い、それは情報や娯楽の少ない時代にまさに
        貴重な読みものであった。

        2.モーツァルトの手紙
        1769年から1791年までの22年間におおよそ500通の手紙が書かれ、
        そのうち約300通が現存する。
        その宛先は
        ・家族(父、母、姉、妻)
        ・友人/知人
        ・王侯貴族
        ・先達
        などであった。

        その内容は
        ・旅の状況や日常の報告
        ・近況報告
        ・音楽について
        ・出会った人物やその評価
        ・借金の依頼
        ・嘆願状
        などである。

        ここからモーツァルトの
        ・人間関係(特に父レオポルトとの)
        ・心理情況
        ・生活環境
        ・経済状況
        ・作品
        ・時代背景
        などが読み取れる。

        3.モーツァルトの手紙と旅
        モーツァルトの手紙の多くは旅先から家族に宛てられて書かれている。
        彼は34年10ヶ月の生涯のうち10年2ヶ月を旅に過ごしている。

        旅の目的
        ・少年期父レオポルトが企画
         才能の紹介→王侯貴族
         見聞を広める(教養を得る)・・・・グランド・ツアー
         利益を得る
        ・青年期
         就職活動
         演奏活動(ヴィーン時代)

        このように、手紙からはモーツァルトについての情報を多く得られることがわかる。

        ♪6月17日にちなむ音楽
        『アヴェ・ヴェルム・コルプス』
        モーツァルトは多くの作品を残しているが、作曲した日付を書く習慣があった。
        講座では、その日または近い日に作曲された音楽も紹介する。
        この日は有名な『アヴェ・ヴェルム・コルプス』を鑑賞した。


        la fontaine * モーツァルト * 18:27 * comments(0) * -

        講座の準備進行中 モーツァルト

        0
          17日から仙台の宮城学院生涯学習センターでモーツァルトについての講座を
          持つことになっている。このことについてはすでにこのブログでも紹介した 
          毎週土曜日に前期と後期あわせて15回の日程だ。最終日は偶然にも来年の
          1月27日、そうモーツァルトの誕生日にあたる。
          今年はモーツァルト生誕250年であるから、それにちなんで講座のテーマを決めた。
          ただ内容をどうするかはずいぶん考えた。というのもモーツァルトには多くの
          文献や書物、音響資料があるからだ。それだけに、私にはどういう話ができるか?
          受講生にどのようにモーツァルトの音楽をより親しんでもらえるか?
          さいわいモーツァルトには書簡が沢山残されている。そこで手紙を読み、そこから
          彼の人間性や音楽について読み解いていこうという形式にした。
          では講座の各回はどのような内容になるのだろうか。その概要は以下のように
          予定している。

          2006年度 宮城学院女子大学 生涯学習講座
          モーツァルト 手紙から読み解く天才の軌跡と音楽
          担当:本多優之

          前 期
          「手紙をめぐる人間模様」
          第1回 序章 モーツァルトの手紙について 
          第2回 モーツァルトの家族機”礇譽ポルト
          第3回 モーツァルトの家族供(譽▲鵐福Ε泪螢△隼丱淵鵐優
          第4回 モーツァルトと女性たち機.戞璽坤譟▲▲蹈ぅ献磧Ε凜А璽弌次‖
          第5回 モーツァルトと女性たち 妻コンスタンツェ
          第6回 モーツァルトのパトロン・先輩・友人 

          後 期
          「モーツァルト所縁の都市」
          第7回 故郷 ザルツブルク
          第8回 ミュンヘン
          第9回 アウグスブルクとマンハイム
          第10回 音楽の世界市場 ロンドン
          第11回 花の都 パリ
          第12回 音楽の先進国 イタリア
          第13回 ヴィーン機
          第14回 ヴィーン供Ε廛薀蓮
          第15回 終章

          前期はモーツァルト関わりのあった「人間」に、後期は「都市」に焦点をあてながら
          関連する手紙を読み、その情況や音楽をさぐっていこうと思う。
          来週に迫った初講日に向け準備を進める毎日だ。

          宮城学院生涯学習センター
          la fontaine * モーツァルト * 01:01 * comments(0) * trackbacks(0)

          熱狂の日 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン

          0
            東京国際フォーラムを中心に開かれている熱狂の日 ラ・フォル・
            ジュルネ・オ・ジャポン
            に昨日行ってきました、。
            連休中に開催される、クラシックコンサートのお祭り。今年で2回目だ。
            昨年は行かれなかったが、テーマ作曲家はベートーヴェン。
            で今年は? もちろんモーツァルト!
            いや〜すごい賑わい。チケットはほぼ完売。当日券で入れたのは
            5000人収容のホ−ルAの演目二つのみ。その他はほとんど売り切れて
            いた。
            価格が2,000〜3,000円と廉価であるのに加え、コンサートが1時間と
            短いので馴染みのない人でも安心して?聴ける。
            でもこのノリはなんだろう・・・?
            まるでテーマパークよろしく、あちらこちらでグッズが売られれ、
            屋台に人の長い列ができ、会場に入れば「本日の記念に」とCDが売られている。
            音楽はものの見事に商品化され、ファッション化されてイベントとして
            賑わいをみせる。

            これって○○○○○ランドと同じノリですね〜!

            しかし聞けばこの催しも当初は半信半疑で企画。
            これほどのヒットになろうとは主催者も予想していなかったらしい。

            昨日は15時からのケルン室内合唱団によるーツァルトのハ短調ミサK427
            19時45分からのRIAS室内合唱団によるモーツァルトの「レクイエム
            を聴いた。

            「レクイエム」の演奏が見事だった。RIAS室内合唱団はベルリンの
            RIAS(放送局)に設立された合唱団。近年そのハーモニーの美しさ
            は録音によって知られている。オーケストラはベルリン古楽アカデミー
            こちらもCDなどですでに実力を知られたアンサンブル。
            指揮はトヌ・カリユステ。合唱界のカリスマ指揮者だ。
            にかく快速急行に乗ったような「レクイエム」であった。
            アンサンブルの乱れもなく、合唱も速いパッセージをなんなく
            歌いこなしている。
            カリユステは感傷的になることを避け、音楽を巨大な構築物として進めていく。
            だが、Kyrie, Domine Deus, Cum Sanctis tui 細部まで見事なのだが
            速すぎるという印象は否めない。
            もっとも5000人も収容する残響の少ないホールで古楽器のオーケストラを
            演奏させるのもどうかと思う。7割は埋まっていたと思うから、
            1500人のホールだと3回公演・・・?やっぱりすごい。

            ちなみにこの「熱狂の日」La folle journee はフランス語で
            狂った日と言う意味。フランスの作家ボーマルシェ
            狂った一日、またはフィガロの結婚」に因んでいるらしい。
            la fontaine * モーツァルト * 23:18 * comments(2) * -

            宮城学院生涯学習センター 「モーツァルト」講座

            0
              宮城学院の生涯学習センターで一般向けの講座を担当している。
              昨年はベートーヴェンの交響曲について話しをした。
              今年は、「モーツァルト 〜手紙から読み解く天才の軌跡と音楽」
              と題して、15回にわたり話しをすることになっている。
              第1回目は6月17日(土)12:40〜14:00

              昨年度は、私が用意したプリントを配ったが、今年はテキストとして
              このブログでも紹介した岩波文庫「モーツァルトの手紙」(上)(下)を使う。
              モーツァルトの手紙は、よく読むといろいろなことがわかる。
              手紙で述べられている音楽作品を鑑賞するほか、モーツァルト父子の
              関係、内容の真偽も視野にいれて話しをする予定だ。
              ザルツブルクの父に宛てた手紙には、父を安心させるために、
              モーツァルト自身がわざと事実を隠したり、意図的に良い結果で
              あったかのような書き方をしているのだ。
              モーツァルトの人間像にも迫っていきたい。

              内容は、6月17日以降このブログでも紹介していくつもりです。

              講座の申し込みは締め切りました。
              まだ若干の空きがあるようです。
              問い合わせ先:
              宮城学院生涯学習センター
              TEL 022-279-4341(月〜金10〜16時)


              la fontaine * モーツァルト * 00:05 * comments(0) * trackbacks(0)

              Let's play Mozart (2)

              0
                Let's play Mozart(1)からの続き

                こうしたことを踏まえたうえで、ピアノ協奏曲K491のオーケストラ声部を
                みてみると、モーツァルトの音楽をこれまでとは異なる視点から理解する
                ことができる。

                例えば第1楽章の第44小節から始まる木管楽器のフレーズ:

                現代の私たちはこれを当たり前に、「書いてある通り」に読んでしまう。
                なぜなら「そう書かれている」から。これが現代の視点!

                でも当時の演奏者は少なからず驚いたはずなのだ。
                こんなに細かく「通常とは異なる指示」が書かれているのを見て!
                モーツァルトがスラーやスタッカートを書き入れたのは、
                「特別の意図があった」からなのだ。
                ここでひとつ逆の発想を試みてみたい。
                「もしこの部分に、スラーがなければどう理解されたか?」と。

                読者の皆さんはどうお考えだろうか?
                じつは可能性は一つではないのだ。
                フルート・ファゴット第44/46小節の8分音符3つは、
                3音連続⌒(mi-re-do)、または2対1⌒・(mi-re/do)と演奏されるのが
                普通だったろうと思われる。もちろん次の第47小節とはつながっては
                いないはず。

                続く小節は、この曲の場合は
                ⌒⌒⌒ (si-la/sol-fa/mi-re)、または
                ⌒⌒・・(si-la/sol-fa/mi,re)、 または、
                ⌒・・・・(si-la/sol,fa,mi,re)、 または
                ⌒・・(si-la-sol-fa/mi,re)
                のどれかのアーティキュレーションになったと考えらる。
                ちなみに6音をひとつのスラーで演奏する場合は、スラーを6音ひとまとまりに書く必要があった。
                しかし、モーツァルトは下降する8分音符を一つのスラーでつなぎ、
                同じフレーズの49/51小節ではわざわざアーティキュレーションを
                変えている。

                この小節の点(スタッカート)は前と違って、ここは繋げない=ノン・レガート
                の意味で使われている(第2ヴァイオリンはスタッカートになっていない!)。

                またモーツァルトのスラー記号 ⌒ にも注意が必要になってくる。
                このスラーがかけられた最初の音符には、
                ・弱いアクセントが置かれ
                ・わずかに長め(テヌート)になり、
                囲われた続く音符は、結尾に向ってディミヌエンドされるという原則がある。
                このことから、44/46小節の高いes音は、テヌート気味でアクセントを持ち、下降してくる8分音符のパッセージはディミヌエンドしてゆく、と読める。
                しかも二度目に現れる時は、アーティキュレーションは変えられている!

                音楽はわずかな揺らぎと変化(二度目は予想外の展開になる)を
                与えられ、それが聴く者の心を揺り動かすのだ。

                これより数年前の1782年の手紙に次のような一節がある。
                「・・・・出来た協奏曲(ピアノ協奏曲)は、むずかしいのとやさしいのの
                丁度中間のもので、非常に華やかで、耳に快く響きます。もちろん空虚な
                ものに墜していません。あちこちに音楽通だけが満足を覚える箇所もありながら、それでいて、通でない人も、なぜか知らないながらも、きっと満足
                するようなものです。・・・」
                (父宛、ヴィーン、1782年12月28日)
                (柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙」岩波文庫より)

                それこそが、モーツァルトの音楽が私たちに語りかけてくる本質ではないだろうか?
                la fontaine * モーツァルト * 10:19 * comments(4) * trackbacks(1)

                Let's play Mozart ( 1)

                0
                  ブログ記事を読まれた読者の方から、先日モーツァルトの演奏法について
                  問合せをいただいた。この春にモーツァルトのピアノ協奏曲24番の演奏に
                  オーケストラ奏者として参加されるのだという。本やCDで大変に熱心に
                  勉強されていていることに感心した。その方にお答えした内容は、ブログ読者の
                  みなさんにも少なからず関心をもっていただけることではないかと思う。
                  そこでその方の了解を得て、質問と答えを編集、加筆した上で掲載させて
                  いただくことにした。

                  私の受けた質問は、
                  「ピアノ協奏曲の第1楽章の58小節と458小節からのそれぞれ4小節間、
                  フルートとファゴットで演奏するフレーズの演奏の仕方」
                  であった。
                  ベーレンライター版のスコアとパート譜ともにスラーがついておらず、
                  おそらく、モーツァルトの自筆譜にもスラーがついていないと思われる」

                  「ここをどのように演奏すべきか」というものだ。

                  指摘にあったように、自筆譜にも上記の箇所(1段目がフルート、
                  2段目がオーボエ、3段目がクラリネット、4段目がファゴットで、
                  譜例は57小節から60小節まで)にスラーはついていない。
                  だがこれの意味するところは:
                  「何も付けないで演奏する」のではなく、当時の演奏習慣に従って演奏者が
                  「スラー(アーティキュレーション)を付ける」ことを前提としている

                  ということなのだ。そしてそれはある程度「現場の裁量に任されていた」。
                  この協奏曲を初演したのが当のモーツァルトなので、演奏者に直接指示を
                  与えることができたので、細かい部分は省略した、ということも否定はできない。
                  だがこの時代の楽譜は、バロック時代の記譜の伝統をある程度引き継いでいたとも言えるのだ。
                  続きを読む >>
                  la fontaine * モーツァルト * 21:35 * comments(2) * -

                  葬送の楽想? モーツァルト 1784年のピアノ協奏曲について 

                  0
                    「今のところ、すぐにも ― 後になってからではなく―
                    お金になるようなものを書かなければなりません。
                    ・・・・・・・午前中はずっと、レッスンで歩き廻ります。
                    したがって、私の好きな仕事―作曲をするには、
                    晩しか残っていないのです・・・」

                    (父宛への手紙、ヴィーン、1784年2月10日)

                    この「お金になるようなもの」とはピアノ協奏曲と考えられる。
                    この時モーツァルトは、変ホ長調協奏曲K449)を書いていた。
                    自筆譜には1784年2月9日と日付がある。これが作曲を始めた日か、
                    それとも作品を完成した日なのかは定かではないが、手紙を読む限り、
                    始めた日と取る方が自然だろう。
                    この曲とト長調の協奏曲(K453)は弟子でピアニストの
                    プロイヤー嬢のために書かれた。

                    ↑ピアノ協奏曲14番変ホ長調 K.449 第1楽章の冒頭
                    この年から書きはじめた『私の全作品目録』の第1曲目でもある。

                    1784年はモーツァルトにとって実りの多いとしであった。
                    この年彼は、ピアニストとして、自作のピアノ協奏曲を演奏する
                    アカデミー(予約演奏会)をはじめとして、多くの演奏会で成功を
                    収めていた。
                    モーツァルトはこの年4月までに完成した作品をザルツブルクの父のもとに送り、
                    父レオポルトと姉ナンネルに感想をもとめている。

                    「・・・リヒター氏がそんなに誉めていた協奏曲は変ロ長調のもの(KV450)です。これは私が作ったもののなかで一番いいもので、
                    その当時もあのひとはそういって誉めました。私はこのふたつ
                    (一つはニ長調K451)のうち、どっちを択っていいか分かりません。
                    二つとも、ひと汗かかせる協奏曲だと思います。
                    でもむずかしいという点では変ロ長調でほうがニ長調以上です。
                    ともかく、変ロ長調、ニ長調、ト短調(実はト長調K453)の三つの協奏曲
                    のうち、どれがいちばんお父さんと姉さんのお気に召すか、
                    是非知りたいものです。変ホ長調(K449)のは、この種類には
                    属していません。これはまったく特別な種類の協奏曲で、大編成よりは
                    小編成のオーケストラのために書いたものです。だから三つの
                    大きな協奏曲のことだけを言うのですが、・・・・」

                    父宛、ヴィーン、1784年5月26日

                    この手紙はモーツァルトが、自作のピアノ協奏曲をどう考えていたかを知る
                    うえでも、とても興味深い。

                    続きを読む >>
                    la fontaine * モーツァルト * 18:19 * comments(4) * trackbacks(0)

                    モーツァルトは「なぜ直した」か?

                    0
                      モーツァルトは「直さない」?
                      は多くのかたに読んでいただいた。
                      また個人的にメールで励ましの言葉を下さる方もいて
                      ほんとうにうれしい。
                      実はこの問題をもう少し掘り下げてみる必要があるのではないか?
                      と思いふたたび取り上げることにした。

                      ハ短調協奏曲KV491は、1786年4月7日のブルク劇場のアカデミー(予約演奏会)で発表された。
                      モーツァルトは1782年のシーズンからこの時期までにピアニストとして
                      活発なコンサート活動を行っており、その中心は自作のピアノ協奏曲にあった。
                      それは同時に「金になる」仕事でもあった。
                      当時ピアノ協奏曲という分野はまだ未開拓で、モーツァルトは多くの実験を
                      試みることができたと思われる。
                      この曲はそうした一連のピアノ協奏曲の最後にあたり、冒頭から野心的とも
                      挑戦的ともとれる始まり方をしている。
                      この曲はc,es,asというメロディー進行で始められ、明確な調性の表明は12小節にわたって慎重に避けられている。ハ短調の主和音は13小節目のフォルテまで現れない。 
                      これが当時の聴衆にいかに大きなインパクトがあったことか想像に難くない。

                      続きを読む >>
                      la fontaine * モーツァルト * 20:31 * comments(2) * trackbacks(0)
                      このページの先頭へ