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ニコラウス・アーノンクール 生誕80年に思う(1)

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    去る12月6日に指揮者アーノンクールが満80歳を迎えました。
    今月5日にはウィーンでハイドンのオペラ「月の世界」のプレミエを指揮。また中旬にはウィーン・フィルの定期演奏会で、シュミットのオラトリオ「七つの封印」も指揮する予定です。ちなみに私も今月半ばに、この二つの公演を聴きに行きます。
    最近ではガーシュインの「ポギーとベス」のCDがリリースされるなど、相変わらず旺盛な活動を繰り広げています。

    ニコラウス・アーノンクール。今の私に決定的な影響を与えた音楽家です。彼の演奏をFM放送で知ったのは、私がまだ高校生の頃の1970年代初め。当時は彼のレコードは輸入盤でしか手に入らず、またHarnoncourtの読み方がわからず、日本ではハルノンコールトと呼ばれていました。バッハのブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲の演奏でした。当時私は東京都立新宿高等学校に通っていました。高校1年生の時の私の担任が、野村満男先生という、自らチェンバロを制作するなど、バロック音楽に造詣の深い方でした。音楽の授業でアルト・リコーダーに魅了されたこともあり、バロック音楽に私はことのほか入れ込んでいましたた。テレマン、オットテール、といった初めて聞く作曲家の名前や、リンデ、ブリュッヘン、レオンハルト、アーノンクールといった演奏家の名前も知ることになったのです。当初私はむしろ、来日したブリュッヘンの演奏により興味を持っていました。

    ドイツに留学するようになって、はじめてアーノンクールと彼のアンサンブル、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの実演を聞くことができました。

    1981年10月11日 ケルンのギュルツェニッヒ公会堂で開かれた演奏会
    ソリストはルチア・ポップ

    オール・バッハのプログラム、そして当時はまだチェロを弾きながら指揮をしていたアーノンクールの演奏は、とても刺激的でしたが、私の音楽観をまだ決定的に変えるまでには至りませんでした。むしろその年の12月にミュンヘンで聴いた、ブリュッヘンと18世紀オーケストラの初めての公開演奏会の方に、はるかにショックを受けました。それはモーツァルトの初演を聴いたかのような衝撃でした。

    とはいえ、アーノンクールの活動はつねに関心の的であったことは確かです。フランクフルト歌劇場でのラモーのオペラ「カストールとポリュックス」や、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とのバッハやモーツァルトの演奏を、ケルンからわざわざ聴きにいったりしていたのも事実です。
    (続く)


    初公開
    アーノンクール夫妻から私に送られてきたクリスマス・カード




    1989年、アーノンクールから送られてきたクリスマス・カード
    当時「音楽は対話である」の翻訳を手掛けていたので、それについてのコメントも書かれています。文章の筆跡はアリス夫人で、夫人とアーノンクール二人のサインがあります。この翻訳をきっかけにアーノンクールの人となりに接する機会も増えました。
    アーノンクール家は、夫婦二人三脚。アリス夫人の支えがあったからこそ、今日のアーノンクールがあります。
    la fontaine * アーノンクール * 01:23 * comments(0) * trackbacks(0)

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