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CDシャルル・ミュンシュの芸術1000  ストラヴィンスキー「カルタ遊び」

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    ミヨー:世界の創造
    ミヨー:世界の創造

    ミヨー:バレエ音楽「世界の創造」、プロヴァンス組曲
    プーランク:オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲
    ストラヴィンスキー:バレエ「カルタ遊び」

     
    先日買った2枚のうちの1枚。
    ストラヴィンスキーは世界初CD化。曲は私の好きな「カルタ遊び」。
    それで1,050円となれば買うしかない!というわけで買った。

    こういう買い方の場合、まず一番興味のある曲から聴きはじめる。
    「カルタ遊び」が始まった瞬間、目が点になった。
    冒頭開始からトランペットが高らかにならされる。
    最近のストラヴィンスキーの演奏は、均整のとれたものが多いが
    ミュンシュの曲作りは明らかに違う。どんどんと曲に惹きこまれ
    ハッとさせられる魅力がある。
    1度目はスコアなしで聴いたが、2度目はスコアを見ながら聴く。
    なるほど、よく考えられている。

    ミュンシュはまず旋律を際立たせ、歌わせる。
    その特徴は冒頭のトランペットの扱いでよくわかる。
    しかしさらに細かく見ていくと、随所で演奏上の工夫が見られる。
    例えば、スコア練習番号44のヴァイオリンは1フレーズがスラーを越して
    つなげて演奏されている。
    そうかと思うと、その直後の46からでは、アーティキュレーションを
    はっきりと区切っている。同じスラーも場所により奏法を変えているのだ。

    ところで作曲者ストラヴィンスキーは
    「演奏には解釈はありえない、書いてある事を演奏すればいい」
    というような主旨をたびたび述べている。
    確かに作曲家としては自分が書いた音符がもっとも正確であり、
    他に解釈の余地を残していない、と思うのが自然だと思う。
    だが、ほんとうにそうだろうか?
    そもそも楽譜というものがつねに同じ立場で読まれるとは限らないし、
    時代によってまた演奏家によっても確実に変わりうるからだ。
    だから同じ作品が演奏によってまったく違った印象をもつことがある。
    ストラヴィンスキーと同時代に生きたミュンシュの演奏を聴き、
    「カルタ遊び」の魅力を再発見するとともに、改めて「演奏家」
    という職業の持つ意味を実感させられた。

    カップリングのミヨーとプーランクも優れた演奏で超お奨めの一枚だ。






    la fontaine * CD/DVDレビュー * 00:29 * comments(0) * trackbacks(0)

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