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NHK音楽祭2006ハイライト アーノンクール・インタビュー

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    昨年末NHKの教育テレビで放送されたNHK音楽祭2006ハイライトは大変に
    興味深かった。
    ノリントンとアーノンクールが同じ番組のなかで紹介され、とくに演奏の合間で流されたインタビューは、彼らの音楽にたいする考えを知る上でたいへんに貴重だった。
    ところで、番組中のアーノンクールが語った部分で翻訳にいくつか気になる点があった。テレビの字幕スーパーという限られた時間に読みやすくしなければならないとことはあるが、それにしてもアーノンクールの真意を伝えるには若干修正が必要ではないかと思っている。

    まず次ぎの部分テレビジョン
    私が問い続けているのは―
    楽譜を忠実に再現するだけで満足していいのか
    当時の雰囲気は伝わっても―
    所詮はカビ臭い遺物としか受け取られないかもしれない


    なぜ私がここでこれを問題にするか?
    まずオリジナルのドイツ語はどうなっているかをみてみよう:
    Dann ist eine Frage, die wir jedes mal immer neu stellen müssen, hilft es den Hörer, es genau so zu machen, wie man es damals gemacht hat, soweit das überhaupt möglich ist, oder wird das dann nicht vielleicht museal, daß wir nur erfahren “Aha, so hat man das damals gemacht”?

    会話体なので翻訳は簡単ではないが、これを文字通り翻訳してみる
    とおおよそ以下のようになる。

    ここに毎回私たちが新たに問い直している疑問点があるんです。
    それは、当時とまったく同じにおこなうこと、そもそもそれが可能だとしてなんですが、それが聴衆のためになるのか?、ということです。もしかするとそれは、「へぇ、当時はそうしたのか」という博物館的な体験にすぎないのではないか?(以上 筆者訳)


    ・NHKの字幕では「楽譜を忠実に再現する」となっているが、アーノンクールは
    「当時とまったく同じにおこなうこと」と言っている。
    これは楽譜の問題だけではなく、明らかに当時の楽器を用い、演奏様式も含めて忠実に再現することをさしていると思う。

    ・「所詮はカビ臭い遺物としか受け取られないかもしれない」だが、これは発言の
    “wird das dann nicht vielleicht museal”という部分に当たる。
    NHKの翻訳ではmusealという語を「カビ臭い遺物」としている。

    musealというドイツ語は、Museum(博物館)という言葉からきていて、「博物館の」
    という意味と「古臭い」という意味があるから、文章表現としては「カビ臭い遺物」が置かれている博物館という意味では間違っていないように思われるかもしれない。

    しかしアーノンクールのこれまでの音楽活動を考えれると、本来の意味で「博物館的」と訳したほうが納得が行くのではないだろうか?アーノンクールとコンツェントゥス・ムジクスが活動当初、ウィーンの楽器博物館の楽器を使ってたびたび演奏したり、各地の博物館で楽器を採寸して復元し、それを演奏や録音で使ってきた経緯があるからだ。そうした彼らの活動は「博物館的」だと批判され、また誤解されてきた。だから「へぇ、当時はそうしたのか」という第三者的な言い回しにはそうしたバックグラウンド(彼らへの過去の批判)が読み取れる。

    これに次ぎの部分が続くテレビジョン
    私が追い求めている音楽はそんなものではありません
    音楽の生命そのものなのです。


    非常に分かりやすい訳だとは思う。
    この部分のオリジナルはどうなっているだろうか?
    Aber das wollen wir nicht, wir wollen, was ist die Subsatnz der Musik?, was ist ihr Leben? Und dieses Leben muß der heutige Hörer bekommen.

    これをまた文字通り訳してみると:
    しかしそれは私たちが望むものではありません。
    私たちは音楽の本質とは何か、音楽の生命とは何か、を求めているのです。
    その生命こそ今日の聴衆が得るべきものなのです。 (筆者訳)

    ・NHK訳では、アーノンクールの追求しているのは音楽の生命ということになる。
    たしかにそれは間違ってはいない。しかし最後の節「その生命こそ今日の聴衆が得るべきものなのです」は抜かされている。NHKがこの発言をなぜ抜かしたのかは分からないが、私はとても重要な発言で抜かすことはできないと思う。それはアーノンクールの視点が、つねに音楽と今日の聴衆との関係にあり、また音楽を言葉としてとらえる(言語としての音楽:Musik als Klangrede)というアーノンクールの考えの根本に通じるからだ。これこそが彼の演奏を強く裏付けているメッセージ性の原点なので、そこを抜かしてしまっては発言のメッセージ性は弱まってしまう。

    この記事はNHKを批判するためのものではない。しかし26年ぶりに来日したアーノンクールなのでから、マスメディアとしてその発言の真意をもっと深く掘り下げてほしいと思う。

    la fontaine * アーノンクール * 21:26 * comments(2) * -

    コメント

    コメントありがとうございます。
    実は全訳したのですが、記事に投稿しようか
    迷ってました。機会をみてアップします。
    Comment by fontaine @ 2007/01/25 8:28 PM
    記事にしていただいてありがとうございました。私もテレビを見ていて、あれちょっとおかしいんじゃないかと思う節があったのですが、流れてしまってそのままでした。
    Comment by にしお @ 2007/01/25 5:47 AM
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