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宮城学院創立120周年記念演奏会

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    2006年11月18日(土)15時 宮城県民会館
    <中学校・高等学校〉
    ♪ハンドベル
    《Pick a winner》
    《いつくしみ深い》
    《造られたものは》
    ♪吹奏楽
    《美女と野獣》
    《Celebration for Winds and Percussion》
    ♪大学音楽科声楽アンサンブル
    なかにしあかね曲
    星野富弘詩による女声合唱組曲《今日もひとつ》より
    《Floating Island》(初演)
    ♪ハイドン オラトリオ『天地創造』抜粋


    昨日宮城学院の120周年記念事業の一環としてコンサートが開かれ、
    上記のような多彩なプログラムで演奏された。

    演奏会はある意味で「手作り」感のある、他には例を見ない
    ユニークな内容だった。
    中学高校生も真摯に取り組んだ様子がステージに現われていたし、
    なかにしあかね作品に取り組んだ大学の声楽アンサンブルの学生も
    難しい曲を暗譜で歌い通し見事であった。
    選曲、準備期間、オーケストラや合唱の構成、練習に多々問題はあったが、
    「天地創造」(抜粋)も、一流のソリストと指揮者を招き、
    一応演奏を無事に終えることができた。
    学校という場における成果が披露されたという意味では、
    大きな意義が達せられたのだろう。

    しかし舞台では「手作り」の危うさも垣間見られた。
    例えばステージ間の舞台転換の拙さが、客席から見ていても
    場の雰囲気をかなり削いでしまった。
    スタッフは努力しているのだが、手馴れていないために
    「手順・段取りの悪さ」を「舞台上で見せる」結果になってしまった。
    「120周年」という特別に大切な行事であれば、プロフェッショナルな
    舞台監督ないしステージマネージャーに「全体的な統率」を
    依頼すべきではなかったかと強く思った。
    なぜなら舞台は「素の行動」すらも「見世物」にしてしまう危険を
    はらんだ、そういう意味で作り手の「手腕」や舞台に取り組む「姿勢」をも
    透かして見せてしまう「ほんとうに怖い」ところだからだ。


    la fontaine * エッセイ * 11:02 * comments(4) * -

    コメント

    こんにちは。先日は裏方ほんとうにお疲れ様でした。
    次回(どこであれ)はこの教訓が活かされると良いですね。
    Comment by fontaine @ 2006/11/24 12:04 PM
    先日はお疲れ様でした!
    確かに、学生や会場それぞれのスタッフ同志は連携が取れていたのですが、
    スタッフ全体での連携は全く取れていなく個々で動いていた為、
    ステージ上でも裏でもバタバタしたのを覚えています。
    場の雰囲気を削いでしまったことはとても残念に思いますが、
    気がつくことが出来て良かったです。
    次の機会があれば今回のことを生かせると思います。
    ありがとうございます!
    Comment by あみ @ 2006/11/23 9:39 PM
    こんばんは。コメントありがとうございました。
    いつも遠路はるばる熱心に練習に通ってくださたこと
    心から感謝しています。
    また機会がありましたら、今度はもっと上を目指して
    頑張りましょう。
    Comment by fontaine @ 2006/11/22 12:34 AM
     私も「宮城学院創立120周年記念祝祭合唱団」の一員(BASS)として『天地創造』を演奏させていただきました。
     私は6月から加わり、練習のためにJR2路線とバスを乗り継いで宮城学院まで出掛けましたが、これまで我々を丁寧に指導して下さり、本当に有難うございました。
     また何時か機会がありましたら、ご指導をよろしくお願いします。
    Comment by T.A. @ 2006/11/21 6:14 PM
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