<< November 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 多摩川散策と花火大会 | main | 2006リビングカレッジ仙台にて講演 >>

モーツァルトと母―ある日の会話

0
    モーツァルトはどんな人だったのだろう。
    彼が普段どんな口調で話していたのか、どういう性格だったか?
    それをうかがわせることが手紙から読み取れる。

    マンハイム・パリ旅行の途中、モーツァルトはアウグスブルクから父に宛て
    一通の手紙を書いた(1777年10月23−25日)。この手紙は大変興味深い。
    まずモーツァルトが、アウグスブルクでの出来事を書く。そこに母が追伸を書き入れる。

    ・・・あなたもナンネルもお元気なのを願っています。私たちは、
    今週は一通もお手紙をいただかなかったので、あなたになにか起こったのでは
    ないかと、もうとても心配です。私が安心できるように、すぐにお手紙をください。
    とてもびっくりしているのは、あなたがまだシュスターの二重協奏曲を―


    とその時モーツァルトが母の筆を取り、続ける。
    まるで肩越しに母の手紙を読んでいたかのように

    「だって、お父さんはたしかに受け取ってるよ」―
    ママ「とんでもない、まだ受け取っていないって、いつも書いてくるわ」―
    ヴォルフガング「議論はごめんだな。間違いなく受け取っています。これで終わり」。
    ママ「あなたの間違いよ」
    ヴォルフガング「ちがいます、僕は間違ってはいません。
    じゃ、証拠をママに見せてあげるよ」。
    ママ「いいですとも、どこにあるの?」
    ヴォルフガング「ほら、読んでごらんよ、これ」
    というわけで、いまママがパパの手紙を読みつつあります。― 


    こんな具合だ。それこそどこにでもある親子のちょっとした言い争いだ。
    それをモーツァルトは見事に「再現」してみせてくれる。
    その後二人はマンハイムに滞在するが、モーツァルトはここでウェーバー家との
    運命的な出会いをする。
    モーツァルトは一度人を好きになると前後の見境が無くなるようだ。
    それを母は心配してこっそりレオポルトに告げている。

    ・・・ヴォルフガングは新しく知り合いになると、すぐにも一切合財を、
    こうした人たちにあげてしまおうとするのです。・・・・・
    私には口をさしはさむことは許されませんでしたし、それに私のいうことを
    聞いてもらえたためしもありませんでした。でも、《ヴェーバー家の人たち》と
    知りあったとたん、あの子はがらりと心が変わってしまい、要するに、
    あの子は私の傍にいるよりか、ほかの人たちの傍にいるほうがよいのです。
    なにかにつけて私が自分に気に入らないことを口答えすると、それがあの子には
    面白くないのです。・・・あの子が食事をしているので、これをほんとにこっそりと、
    それに急いで書いていますが、見つけられないためにです。・・・

    (1778年2月5日、モーツァルトの父宛の手紙に書き添えられた母の追伸)
    手紙は海老澤敏・高橋英郎編訳「モーツァルト書簡全集」白水社より引用

    もしこの追伸をモーツァルトが読んでいたらどう思っただろう。
    ここには、彼の性格とわが子を案じる母の気持ちがよく表されている。

    こうした日常的な出来事のなかに、モーツァルトの人間性が表れていて
    非常に興味をそそられる。結局彼も人の子なのだと。
    la fontaine * モーツァルト * 00:12 * comments(0) * trackbacks(0)

    コメント

    コメントする









    トラックバック

    このページの先頭へ