<< February 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 >>
<< オーケストラの国 ドイツの苦闘 | main | モーツァルト講座 第4回 モーツァルトと女性たち I ベーズレ、アロイジャ・ウェーバー >>

モーツァルト講座 第3回 母アンナ・マリアと姉ナンネル

0
    モーツァルト講座第3回(7月1日)では、母と姉について話しをした。 

    まずモーツァルトの家族の肖像画を紹介。
    そこには貴族趣味(レオポルトの)が反映されていることを説明。

    母 アンナ・マリア 旧姓ペルトル
    1720年ザンクト・ギルゲンに生まれ  1778年パリ没
      
    モーツァルトの母は、ごく一般的な平均的な市民の女性と考えられる。
    モーツァルトの天才を特別な誇りに思っていたわけでもないようだ。
    常に愛情をもって見守った。モーツァルトとは良好な親子関係を保つ。

    マンハイム・パリ旅行では、ザルツブルクを離れることを許されなかった
    父レオポルトの命で、モーツァルトに同行。しかしこの旅は彼女にとっては、
    精神的かつ肉体的に大きな負担であった。パリで重病にかかり、帰らぬ人となる。

    取り上げた手紙
    1.ヴェルグル 1769年12月14日の母宛の手紙
    2.母の死に直面したモーツァルトの手紙
       パリ 1778年7月3日 父に宛てた手紙
        同日 ブリンガー神父に宛てた手紙 

     父や姉を気遣い、亡くなったとはすぐに伝えず、重病だとして心の準備を させる一方で
     モーツァルト家と親しかった神父に事実を伝える、という配慮を見せている。

    モーツァルトがパリ時代、とくに母の死の前後に作曲した作品には、特別な
    情感を持つものがある。それはあたかもモーツァルトの心情が伺えるようだ。

    鑑賞した音楽
    ♪ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ホ短調 K.304 第2楽章
      1778年6月作曲 この時は母すでに重病であった

    ♪ピアノ・ソナタ イ短調 K.310 第1楽章(一部)、第3楽章
      1778年7月3日の母の死の前後に作曲されたと思われる

    姉 ナンネル(モーツァルト家での愛称)
          マリア・アンナ
          1751年ザルツブルク生まれ 1829年ザンクト・ギルゲン没

    モーツァルトは姉のクラヴィーアのレッスンを見て音楽に興味を持つようになる。
    幼い頃二人はそれこそ一心同体のような存在であり、お互いを良く理解していた。

    取り上げた手紙
    1.1770年1月26日 ミラノから姉に宛てた手紙
      モーツァルトがすでに14歳で的確に音楽を判断する能力を持っていることがわかる。
    2.1784年8月18日 ヴィーンから姉に宛てた手紙
      姉の結婚への祝辞と結婚生活についてのモーツァルトの詩が書かれている。

    モーツァルトの結婚後二人の関係は疎遠になった。そのことが
    3.1787年6月16日 ヴィーンから姉に宛てた手紙
    ではっきり読み取れる。姉は父の死という重大な出来事を直接モーツァルトには
    伝えなかった。

    鑑賞した音楽
    ♪ 「ナンネルの練習帳」からヴォルフガングの最初期の作品を数曲
    ♪ 2台のピアノのための協奏曲 K.365 より 第3楽章

    la fontaine * モーツァルト * 23:56 * comments(0) * -

    コメント

    コメントする









    このページの先頭へ