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ノリントン指揮カメラータ・ザルツブルクの演奏

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    今夜のベスト・オブ・クラシックは、今年のザルツブルク音楽祭から
    ロジャー・ノリントン指揮カメラータ・ザルツブルクの演奏を放送した。
    プログラムには、シューマンとシュレーカーの作品が並んだ。

    シューマン:序曲、スケルツォ、フィナーレ
    シューマン:ピアノ協奏曲
    シュレーカー:小組曲
    シューマン:「ゲノヴェーヴァ」序曲       

    こういうプログラムはまず日本では聴けない。大変興味深い演奏だった。

    カメラータ・ザルツブルクは、1980〜90年代にヴァイオリニストであった
    シャンドール・ヴェーグが指揮をしていた。
    幸運にも私は晩年のヴェーグとカメラータ・ザルツブルクの演奏を
    実演で聴いている。ヴェーグは本来ならば、旧世代に属する演奏家なの
    だが、古楽への造詣は深く、私が聴いた演奏でもそうしたアプローチが
    はっきりと聞き取れた。

    さてノリントンの演奏は、オケと指揮者の距離が親密であるという印象を
    受けた。オーケストラは指揮者の意図を汲み取り、作品の構成を実に
    的確に表現していたように思う。
    シューマンのテクスチュアは、現代楽器でゴテゴテに弾いてしまうと
    分からなくなってしまう。今日の演奏はアップテンポで実にすっきりと
    していて個人的には大変に興味深く聴けた。

    そもそも19世紀前半のドイツでは、メンデルスゾーンやシューマンを中心
    としたアップテンポな解釈が存在していた。おそらくはドイツの伝統的
    演奏法としては、こちらの方が主流であったのかもしれない。
    しかし、19世紀の後半にワーグナーによる解釈(ベートーヴェン)が
    音楽界に大きな影響を与え、古典音楽は遅く重く演奏されるようになった。
    このことは、ワーグナーが再三再四メンデルスゾーン一派の速い演奏を
    非難していることからも分かる。
    メンデルスゾーンは短命で生涯を閉じ、シューマンも精神障害のために
    ドイツ音楽のメインストリームから外れてしまったため、
    彼らが担っていた伝統は残らなかったといえる。

    20世紀の最後の20年でその状況は変わってきたといえる。
    私たちは今までにない新鮮さで、メンデルスゾーンやシューマンを
    聴く機会がふえた。そうした意味における演奏の価値観の変化は
    しばらく続くであろう。それに一番乗り遅れているが日本と日本が追随する
    超大国であるのは悲しいが事実である。 
    la fontaine * クラシック音楽 * 22:34 * comments(2) * -

    コメント

    本当にそうですね。来日オーケストラは招聘元の日本のマネージメントが、売りを考えるからダメなんですよ。結局売り上げのほうが先になるので。

    「変化」には時間がかかるかもしれませんが、行動は起こしていかなければならないだろうな、と思います。
    Comment by La fontaine @ 2005/12/30 10:14 AM
     こんばんは。
     コメント、ありがとうございました。
    (『音楽の友』も、拝読しました)

     非常に興味深い放送(録音)だったですね。
     シュレーカーももちろんですが、シューマンの演奏にも。
    (『序曲、スケルツォ、フィナーレ』は、個人的に好きな作品ですし)
     できれば、実演に接してみたいプログラムでした。

     確かに、日本の現状は、と思ってしまいますが…。
     少しずつでも「変化」するように、いろいろと考えていかなければ、とも感じています。
    Comment by figaro @ 2005/12/30 12:57 AM
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