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ベートーヴェン 第九交響曲

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    12月は日本の各地でベートーヴェンの「第九」が演奏される。
    しかし、これは日本特有の現象で、ヨーロッパではこれほど演奏される機会はない。
    日本のように毎年ということはなく、特別な演奏会機会に演奏されることが多い。
    個人的には今年7月に、北海道の鷹栖町で、鷹栖町民合唱団と札幌シンフォニエッタでこの曲を演奏した。
    また宮城学院の生涯学習センターでは今年ベートーヴェンの交響曲についての講座を持っていて、ちょうど今「第九」の話しをしているところである。

    そこで、私なりにこの曲についての思うところを書いてみたい・・・・・・
    と、思ってブログの原稿書きはじめたら、大変に長くなりそうなので、
    何回かに分けることにした。

    ◎テンポの問題

    第九を演奏する場合に、テンポ設定が問題となる。
    第9番に関しては、テンポ表示について三つの資料が存在する。

    1.プロイセン ウィルヘルム3世に献呈された楽譜におけるメトロノーム表示
      (甥のカールが筆記したもの)
    2.ショット社に宛てた1826年10月13日付け手紙 
      署名はベートーヴェン自身であるが、甥のカールが筆記したもの
    3.モシュレス(ロンドンのフィルハーモニー協会)宛ての手紙に添えられたメモ
    (シントラーによる筆記)

    しばしば、ベートーヴェンのメトロノーム表示が間違っているという説が唱えられるが、
    ウィーン楽友協会に所蔵されているベートーヴェンが使っていたと言われるメトロノームは、
    機械的にまったく問題がないということだ。
    確かに甥カールは音楽には疎かったらしく、彼が勘違いをしたという可能性も否定はできない。
    しかし、疑えばキリがないし、第一問題の解決にはならない。
    基本的にはこの表示に順ずることから出発すべきであろう。

    第3楽章のテンポ設定は指揮者にとって大きな問題となる。
    私自身大いに悩んだ!
    Adagio molto e cantabile という表示があり、メトロノーム四分音符60とある。
    じつはこの指定されたテンポ通りに演奏してみると、アダ−ジョに感じられないのだ。
    そもそもアダージョのテンポは、作品の性格によっても異なるし、
    演奏者の感覚によっても異なる。
    ベートーヴェンが基本の拍を四分音符としたことは、注目すべきであると思う。
    それはこの楽章が遅いアダ−ジョではないことを、示唆していると思われるからだ。
    とはいえ、この楽章はこれまでかなり遅いテンポで演奏されることが多かった。
    (つまりベートーヴェンのテンポ表示を無視して)
    それが1980年代に古楽系の演奏が盛んになって覆される。
    ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズのCDでこの楽章を聞いた時は
    ほんとうに驚いた(指定どおりのテンポで演奏されている)。

    ところでこの楽章で忘れてはならないのは、ベートーヴェンはAdagio molto
    だけではなく
    cantabile (歌うように)と性格づけていることだ。

    ここで、ベートーヴェンの最後の3曲のピアノ・ソナタに目を転じてみたい。
    この3曲は「第九」の直前に作曲されたのみならず、ベートーヴェンの作品の中核をなしてきたピアノ・ソナタの集大成でもある。
    その3曲には、かならず cantabile という表情記号をもつ楽章がある。

    op.109 第2楽章では、Andante molto cantabile ed espressivo の前にドイツ語で、Gesangvoll, mit innigster Empfindung (歌うように、深い内面的な情感で)と書かれている。


    op.110 第1楽章では Moderato cantabile molto espressivo
        第3楽章  Adagio ma non troppo には     
        途中に Klagender Gesang(嘆きの歌) Arioso dolente


    p.111  第2楽章には、Adagio molto semplice e cantabile
        という表示の前にArietta (小さなアリア)と書かれている。

    このことは、これらの曲がもつ歌唱的な性格を表しているだけではなく、晩年のベートーヴェンの器楽作品の特徴であると言えるだろう。

    さらにもう一つテンポに関して付け加えるなら、op.110の第3楽章では、同じAdagio ma non tropp に二つのことなる拍子が与えられているといことだ。 
    楽章の冒頭部分はC(つまり4/4)。ところが嘆きの歌のところからは、拍子が変わって12/16になっている。 これは基本となる音価が小さくなることによって、同じ4拍節であっても4/4よりは遅いことを意味している。つまりベートーヴェンはここで、開始部より遅いテンポ設定を要求していると考えられるのだ。

    このことを第九の第3楽章に戻って考えると、4/4(個人的には四分音符=56くらいが妥当のように思う)は、この楽章の基本拍節は四分音符で、それより細かい音符ではないこと。 したがって過度に遅くするのは作曲家の意図に反すると思われる。
    ちなみ99小節目から12/8 Lo stesso tempo(前と同じ速さで) という表示があるが、これはまえの三連符を受けていると考えられる。 もっともベートーヴェンは、ウィルヘルム3世に献呈された楽譜ではpiu adagio としている。前の部分より少く遅く演奏した方が、よいと思っている。

    (続く)




    la fontaine * クラシック音楽 * 00:49 * comments(3) * -

    コメント

    日本でこれだけ第九が演奏されるきっかけは、戦後の日本でオーケストラの人たちが仕事がなくて、励みになるように始めたと云々いうことを、黒柳徹子さんがテレビで話していたと記憶しています。ちなみに黒柳さんの父上はN響のヴァイオリン奏者でした。
    ちょうどそれが戦後の復興期と重なったのですね。
    ちなみに日本におけるベートーヴェン受容については、非常におもしろい本がありますので、近々ブログで紹介しますね。
    Comment by La fontaine @ 2005/12/11 1:19 PM
    本多先生こんにちは。ちょうど週末に第九を聴きに行くので、とても興味深く読ませていただきました。専門用語もわかりやすく述べていただいて、さすが先生!と唸っております。ほんと、どうして年末はみんな第九なんでしょうね?それにしてもGesangvoll, mit innigster Empfindungとは、なんだか素敵なメッセージのようで、作曲家の愛情がとても感じられます。これからも楽しみにしています!
    Comment by kyoko @ 2005/12/09 10:00 AM
    本多先生こんにちは。ちょうど週末に第九を聴きに行くので、とても興味深く読ませていただきました。専門用語もわかりやすく述べていただいて、さすが先生!と唸っております。ほんと、どうして年末はみんな第九なんでしょうね?それにしてもGesangvoll, mit innigster Empfindungとは、なんだか素敵なメッセージのようで、作曲家の愛情がとても感じられます。これからも楽しみにしています!
    Comment by kyoko @ 2005/12/09 10:00 AM
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