<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< アーノンクールがやって来る! | main | 自然食レストラン >>

アーノンクールがやってくる!(続)

0
    昨日のブログに続き、アーノンクールについて書こうと思う。
    今年の京都賞授賞で、アーノンクールは24年ぶりの来日になる。なぜ再来日にこれほ時間がかかったか?それはそのまま、世界(日本)の音楽状況の変化であるように思われる。
    今から25年前、アーノンクールは古楽のアンサンブルのリーダーであり、チェリストではあっても指揮者とは一般に受け入れられていなかった。カラヤンもバーンスタインも、その他多くの指揮者や音楽家は20世紀まで受け継がれたヨーロッパ音楽の「伝統」に則って音楽活動を行ってきた。しかし、彼はこの「伝統」に疑問を投げかけた。オリジナル楽器によって、またその当時の演奏習慣に基づいて演奏することによって、それまでとはまったく違った音像が得られることを彼は知っていた。

    それは1970年に録音されたバッハの「マタイ受難曲」を聴いても分かる。当時のこの曲のスタンダードはカール・リヒターの録音だったから、この演奏がいかに「異端」であったかは想像に難くない。
    後年1980年代になって、私は何度かアムステルダムでアーノンクールの指揮する見事な「マタイ受難曲」の演奏を聴いた。オーケストラはコンセルトヘボウ管弦楽団。現代楽器であることをまったく感じさせなかった(もっともアーノンクールがはじめて「マタイ受難曲」を指揮した時は、オーケストラとは喧々諤々だったらしい。そのことは当初ウィーン・フィルでも同じであった)。

    アーノンクールの作品の本質に迫ろうとするアプローチで、何よりも驚嘆したのヴィヴァルディの「四季」の録音だった。イ・ムジチの演奏に慣れた耳にはまさに「天変地異」、仰天の「四季」だった。
    ヴィヴァルディの楽譜には、小鳥の鳴き声や、犬の鳴き声であるという細かな指示があり、アーノンクールはそれを徹底したのだという。

    1990年代、カラヤンやバーンスタインが亡くなってから、時代が変わりはじめた。アッバードがベルリン・フィルの常任に就任し、カラヤン時代には指揮することのなかった音楽家が指揮台に登場するようになる。そのことはとりもなおさず、ヨーロッパの音楽シーン全体に、大きな変化をもたらしたと思う。1991年9月25日〜28日にアーノンクールがベルリン・フィルの定期演奏会に初登場する。この演奏会を聴くために私はベルリンまで飛んだ。 そこにはオーケストラと指揮者の幸運な出会いが感じられた。

    21世紀、アーノンクールはウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに2回も登板した。まさに時代が変わったというべきだろう。それを日本の聴衆や音楽ファンもようやく感じ取っていると思う。来年はウィーン・フィル、そしてコンツェントゥス・ムジクスと来日。日本にアーノンクール旋風は吹くのだろうか?








    la fontaine * アーノンクール * 20:43 * comments(2) * -

    コメント

    旧録音のモーツァルトのレクイエムは、確かに衝撃的でしたね。ちなみに来年の来日公演ではその「モツレク」が演奏されるそうですよ。ほんとうに楽しみです。
    Comment by La fontaine @ 2005/10/20 11:55 AM
     こんばんは。
     当方が初めてアーノンクールの演奏を聴いたのは、今から20年程前のことでした。
     作品はモーツァルトのレクイエム(旧録音)だったのですが、ピリオド楽器の音色とアーノンクールの楽曲解釈には、本当に驚愕しました。
    (その後の、コンセルトヘボウとのモーツァルトのシンフォニーの録音にも)

     その頃のことを考えれば、まさに隔世の感がありますね。
    Comment by figaro @ 2005/10/20 2:12 AM
    コメントする









    このページの先頭へ