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歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』 三人の女性歌手の声質について

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    現代の声楽では、女声は

    ソプラノ、
    メゾ・ソプラノ、
    アルト、
    場合によっては、
    コントラルト

    と、声域(音域)によって細かい区分がある。

    さらに声の性質によって、

    コロラトゥーラ・ソプラノ、
    ドラマティック・ソプラノ、
    リリック・ソプラノ、
    リリックドラマティック・ソプラノ

    などに分けられることもある。

    しかし、こうした区分はモーツァルトの時代にはなく、女声を表す
    言葉はソプラノしかなかった。
    たとえば、『コジ・ファン・トゥッテ』の配役でも、モーツァルトは
    女性三人をソプラノとしか書き記していない。
    この三人がどのような歌手によって歌われるのが良いか?

    以前は、フィオルディリージを、リリック・ソプラノ、ドラベラを
    アルト、またはメゾ・ソプラノ、デスピーナを軽い声のソプラノ
    が歌うことが多かった。しかしこの配役は次第に見直される傾向に
    ある。とくにデスピーナがそうだ。私が1980年代にチューリッヒで
    アーノンクールが指揮する『コジ』を観た時、デスピーナはメゾ・
    ソプラノのユリア・ハマリが歌っていた。

    公演が終わってアーノンクールにそのことを聞いたら、「初演の
    デスピーナを歌ったブッサーニは『フィガロ』でケルビーノを
    歌った歌手だから」という答えが返ってきた。1980年代には、そう
    した史実に基づいて配役を決める指揮者はほとんど皆無だったから
    かなり驚いた。しかしデスピーナがソプラノの軽い声ではなくメゾ・
    ソプラノであることで、純情な小娘役ではなく、世の中の裏表を
    知っているしたたかな女中役という設定が実感できた。

    ところで女性でもう一人、声質と役柄が一致しないのが
    フィオルディリージだ。アーノンクールはかねてから「姉である
    フィオルディリージのほうが、妹であるドラベラより高い声
    (軽い)の歌手が歌うのは自然ではない」と言っていた。しかし、
    フィオルデリージを歌えるメゾ・ソプラノがそうそういるわけでは
    ない。
    ところが、2000年のチューリッヒ歌劇場でアーノンクールが指揮し
    て上演した『コジ』は、女性三役がそろってメゾ・ソプラノという
    珍しい配役。しかもバルトリがフィオルディリージ、アグネス・
    バルツァがデスピーナを歌っていた。DVDでその舞台を見たが、
    これまでの『コジ』にはない女性三役がとてもおもしろかった。
    それにしてもバルトリは凄い!これで彼女は『コジ』に出てくる
    女性役はみな歌えるのだから。




    la fontaine * モーツァルト * 23:55 * comments(0) * trackbacks(0)

    「粋な遊び」〜モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」序曲 

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      前回の記事では「コジ・ファン・トゥッテ」序曲の序奏の指揮法に
      ついて簡単に触れた。

      今日はその構成についてすこし書いてみる。この序曲は4分ほどの
      演奏時間で比較的簡素、単純明快に書かれているように思われる。

      ここでプレストに入った後の管楽器パートを見てみよう。

      オーボエから始まり


      管楽器で受け継がれ



      三回現れたところで間奏が現れ



      再び三回同じ音型が繰り返される。
      ここまでを一つのユニットとして考えると、この音型が現れる数は
      オペラの登場人物の数に一致している。

      しかもこれが3回と3回とに分けられている!
      男性三人(フェランド、グリエルモ、ドン・アルフォンゾ)
      と、
      女性三人(フィオルディリージ、ドラベラ、デスピーナ)
      とに比例しているのだ。

      劇の進行を考えれば、初めの3回が男性三人、間奏(これは
      「フィガロの結婚」でバジリオが歌う「ご婦人方はみなこうした
      もの」の引用=このオペラのテーマ)の後出てくるフレーズは、
      女性三人を、象徴していると考えてよいのではないだろうか。 

      このユニットは序曲の中に何度か現れ、私たちに強い印象を残す。
      さらに序曲の最後では、序奏の一部がふたたび顔をのぞかせるが、
      それはこのオペラのなかで「コジ・ファン・トゥッテ」を現す部分
      でもある。この簡潔な序曲には、実はかなり凝った構成が隠されて
      いるといえないだろうか。

      モーツァルトは歌劇「後宮からの誘拐」序曲で、序曲の途中に
      ベルモンテのアリアの開始部を短調で挿入しているが、「コジ」序曲
      の場合、手法は抽象化され、しかも簡潔で洗練されているように
      思える。

      まさに「粋な音の遊び」!ドン・アルフォンゾの賭けに負けたのは、
      グリエルモでもフェランドでもなく、このオペラを観る私たちかもしれない。


      la fontaine * モーツァルト * 13:06 * comments(2) * trackbacks(0)

      指揮法講座 モーツァルト「コジ・ファントゥッテ」序曲

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        昨日福島市で定例の指揮セミナーがあった。今年四月からはじめ、
        ほぼ毎月1回のペースで開いている。メンバー(生徒)は三人。
        三人が毎回それぞれ異なる課題を指揮。一人あたり40〜60分くらい
        指導ができる。課題は生徒と話し合って決める。もし生徒が演奏会
        などで指揮する曲があれば、その作品を見るようにしている。
        優秀なピアニスト(二人)に恵まれ、毎回充実した内容でレッスン
        ができる。

        昨日は、
        1)ブラームス:交響曲第2番第4楽章、
        2)ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」第1幕から
         マックスのアリア(No.3)、 カスパーのアリア(No.5)、
        3)モーツァルト:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」序曲。

        を指導した。

        とくにモーツァルトは序奏のAndanteのみ、全員が二つ振りで実践。



        モーツァルトのテンポ指示は Andante 。ここで注意するのは
        モーツァルトにとってAndanteは遅いテンポ表示ではないことだ。
        伝統的な解釈ではここをAdagioのようにゆっくりとして、Prestoから
        速くすることが多い。
        だが 近年の古楽の普及にともない、モーツァルトの音楽に対する
        新しい認識が広まりつつある。私もこの部分は2拍子(アラ・ブレーヴェ)
        なので決して遅いテンポ設定にならないようにし、なおかつ2つ振り
        で演奏する必要があると思う。そのことで、この序奏のオーボエの
        旋律がもつ優美さや全体の拍節感がよりよく表現できるからだ。
        またPrestoへのテンポの移行も明確になる。さらに、第1小節の
        最後の四分休符はオーボエソロのためにブレスを深くとる必要が
        あることも、音楽上重要なポイントだ。

        ところで、昨日はセミナーの最後に、この部分を4つ振りと2つ振り
        で指揮して比較してみた。4つ振りにすると音楽がまるで違って
        聴こえ、みんなびっくり! まるでラジオ体操の音楽よう、と誰かが
        声をあげた。
        拍子、拍節と音楽とはそれほど微妙な関係であり、私たちは知らず
        知らずのうちに、作曲家の指示や意図を都合よく解釈してしまわない
        よう注意しなければならないと痛感した。

        それにしても、モーツァルトはすごい!




        la fontaine * モーツァルト * 16:25 * comments(0) * trackbacks(0)

        モーツァルト『フィガロの結婚』 ケルビーノと伯爵夫人についての雑感

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          モーツァルトの『フィガロの結婚』に流れる美しい音楽の背景には、
          ユニークな管弦楽法やドラマトゥルギーがある。
          たとえばそれをケルビーノと伯爵夫人との関係で見てみよう。

          原作のボーマルシェの戯曲『フィガロの結婚』では、はじめに
          「登場人物の性格と衣装」が述べられている。これに従って、ケルビーノ
          (原作ではシェリュバン)と伯爵夫人についての記述を見てみよう。

          シェリュバン。この彼はこれまで通り若くてたいへん美しい女によってしか演じられてはならない。つまり、この国の劇場には、繊細で優美な雰囲気を感じさせるような姿の美しい男の子がいないのである。伯爵夫人の前ではひどく恥ずかしがるが、よそでは可愛いいたずらっ子である。漠とした欲望に揺れ動く心が彼の性格の根底になっている。彼は青春に向かって、あらゆる出来事に向かってぶつかっていくが、当てもなければ知識や経験もない。こんな子をもてば母は苦労するかもしれないが、すべての母が心のどこかでこんな子を持ちたいと思う、そのような少年である」

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          la fontaine * モーツァルト * 00:42 * comments(4) * trackbacks(2)

          『音楽現代』11月号 記事「モーツァルトの音楽はどこから来たのか?」

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            先日執筆した原稿が、雑誌「音楽現代」11月号P.92-93に特集記事として掲載されました。
            限られた枚数で書かなければならないという制約はあったものの、それなりにまとめられた
            のではないかと思っています。もし読まれた方は、感想などをお寄せくだされば幸いです。
            la fontaine * モーツァルト * 16:41 * comments(2) * -

            2006リビングカレッジ仙台にて講演

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              モーツァルトを愛した女性たち〜手紙が語る人間模様
              9月8日14:20〜15:40

              仙台リビング社が主催するリビングカレッジに講師として招待され
              モーツァルトについて講演した。

              モーツァルトの手紙は約300通が現存しており、それらを読むと音楽のみならず、
              彼の身辺や日常も知ることができる。モーツァルトも人の子であり人間味溢れる人物だった。
              そうした観点に立って、彼にもっとも身近な三人の女性、母、姉、妻との手紙の
              やり取りもとに話しを進めた。ここではその一部を紹介したい。

              モーツァルトを愛した女性たち
              母:マリア・アンナ・ヴァルプルガ 旧姓:ペルトゥル(1720〜1778)

              レオポルト・モーツァルト(1719〜1787)と結婚、7人の子どもを儲けるが、
              5人は生後まもなく死亡。特別な教育を受けたわけではなく、当時としては
              ごく一般的な市民の女性であり母親であった。
              モーツァルトを献身的な母親の愛情で愛した

              先にモーツァルトと母親の口げんかについては
              モーツァルトと母―ある日の会話に書いたのでここでは繰り返さない。

              母親はモーツァルトの性格について興味深いことを書き残している。

              ・・・ヴォルフガングは新しく知り合いになると、すぐにも一切合財を、
              こうした人たちにあげてしまおうとするのです。
              ・・・・・私には口をさしはさむことは許されませんでしたし、
              それに私のいうことを聞いてもらえたためしもありませんでした。
              でも、《ヴェーバー家の人たち》と知りあったとたん、あの子はがらり
              心が変わってしまい、要するに、あの子は私の傍にいるよりか、
              ほかの人たちの傍にいるほうがよいのです。なにかにつけて私が自分に
              気に入らないことを口答えすると、それがあの子には面白くないのです。
              ・・・・・・あの子が食事をしているので、これをほんとにこっそりと、
              それに急いで書いていますが、見つけられないためにです。・・・

              (1778年2月5日、モーツァルトの父宛の手紙に書き添えられた母の追伸)

              この手紙にはモーツァルトの性格とともに息子を気遣う母の思いがよく表れている。


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              la fontaine * モーツァルト * 23:11 * comments(0) * trackbacks(0)

              モーツァルトと母―ある日の会話

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                モーツァルトはどんな人だったのだろう。
                彼が普段どんな口調で話していたのか、どういう性格だったか?
                それをうかがわせることが手紙から読み取れる。

                マンハイム・パリ旅行の途中、モーツァルトはアウグスブルクから父に宛て
                一通の手紙を書いた(1777年10月23−25日)。この手紙は大変興味深い。
                まずモーツァルトが、アウグスブルクでの出来事を書く。そこに母が追伸を書き入れる。

                ・・・あなたもナンネルもお元気なのを願っています。私たちは、
                今週は一通もお手紙をいただかなかったので、あなたになにか起こったのでは
                ないかと、もうとても心配です。私が安心できるように、すぐにお手紙をください。
                とてもびっくりしているのは、あなたがまだシュスターの二重協奏曲を―


                とその時モーツァルトが母の筆を取り、続ける。
                まるで肩越しに母の手紙を読んでいたかのように

                「だって、お父さんはたしかに受け取ってるよ」―
                ママ「とんでもない、まだ受け取っていないって、いつも書いてくるわ」―
                ヴォルフガング「議論はごめんだな。間違いなく受け取っています。これで終わり」。
                ママ「あなたの間違いよ」
                ヴォルフガング「ちがいます、僕は間違ってはいません。
                じゃ、証拠をママに見せてあげるよ」。
                ママ「いいですとも、どこにあるの?」
                ヴォルフガング「ほら、読んでごらんよ、これ」
                というわけで、いまママがパパの手紙を読みつつあります。― 


                こんな具合だ。それこそどこにでもある親子のちょっとした言い争いだ。
                それをモーツァルトは見事に「再現」してみせてくれる。
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                la fontaine * モーツァルト * 00:12 * comments(0) * trackbacks(0)

                モーツァルト講座 第6回 パトロン・先輩・友人

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                  前期最後の講座はモーツァルトの交友関係について話しをした。
                  モーツァルトは多くの作品を書き、作曲だけに没頭していたように
                  思われがちだが、実際には非常に広い交際をしていた。
                  ソロモンによると「その交際相手や、友人の多さ、毛色の変わっている様は奇観」という。
                  いずれにしろ、ヴィーンの社交界においてモーツァルト夫妻は人気者で
                  あったようだ。

                  ◎パトロン(支援者)たち
                   そこにはハプスブルク家の身分の高い貴族の名前が並ぶ
                    ・マクシミリアン・フランツ大公
                    ・トゥン伯爵・伯爵夫人
                    ・リヒノフスキー大公
                    ・ガリツィン侯爵(大公)など

                  ◎文化人エリート
                    ・ファン・スヴィーテン男爵 
                        ここでバッハやヘンデルの作品を知るきっかけとなった
                    ・ゾンネンフェルス(啓蒙運動の中心人物)

                  ◎その他の人々
                    ヨーゼフ・ランゲ(俳優でアロイジャの夫)
                    シュテファニー(劇作家) 「後宮からの逃走」の台本作者
                    ダ・ポンテ (台本作家) 
                     「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」の台本作者
                  続きを読む >>
                  la fontaine * モーツァルト * 20:23 * comments(1) * trackbacks(1)

                  モーツァルト講座 第5回 モーツァルトと女性たち 供.灰鵐好織鵐張

                  0
                    はじめに「後宮からの逃走」の始めの部分、ベルモンテのアリアをDVDで鑑賞。
                    この作品は1782年7月16日に初演されているが、ベルモンテが劇中のコンスタンツェを
                    思って歌う情景は、モーツァルト自身の心境に近いかもしれない。
                    なぜならこの時二人は結婚を目前に控えていたのだから(8月4日に結婚)。

                    講座では、モーツァルトがヴィーンに住むようになってからコンスタンツェと
                    結婚するまでの経緯を手紙を読みながら解説した。
                    続きを読む >>
                    la fontaine * モーツァルト * 23:31 * comments(0) * trackbacks(0)

                    モーツァルト講座 第4回 モーツァルトと女性たち I ベーズレ、アロイジャ・ウェーバー

                    0
                      モーツァルト講座 第4回 ベーズレ、アロイジャ・ウェーバー

                      第4回の講座では、1777年、モーツァルトがマンハイム・パリ旅行の途中で出会った
                      二人の女性について話しをした。一人は従姉妹のマリア・アンナ・テークラ・モーツァルト
                      もう一人は、歌手のアロイジャ・ウェーバーである。


                      アンナ・マリア・テークラ・モーツァルトベーズレは愛称)は、モーツァルトの
                      父レオポルトの弟フランツ・アロイスの一人娘でアウグスブルクに生まれた。


                      二人が成長してから会ったのはモーツァルトが母と立ち寄った数日間が始めてで、
                      両者は短い恋を体験したと考えられる。
                      1777年アウグスブルクから父に宛てた手紙のなかで、モーツァルトはベーズレを
                      「美しく、賢く、愛らしく、器用で、陽気なひとである」
                      と述べている。
                      さらに
                      「本当に、ぼくたち二人は馬が合います。なにしろあのひとは、ちょっぴりいじわるですから。
                      ぼくたちが二人でみんなをからかってやると、愉快になります。」
                      と付け加えているところからも、二人の仲の良さが伺える。

                      ところでモーツァルトからベーズレに出された手紙は、「ベーズレ書簡」として知られ、
                      現在約10通が伝えられているが、その内容から19世紀には全容は伏せられてきた
                      (なおベーズレからモーツァルトに宛てた手紙は現存しない)。
                      1777年11月5日マンハイムからモーツァルトがベーズレに宛てた手紙は特に有名。
                      随所に見られるスカトロジックな言葉遊びは、読む者を驚かせる。しかし、これを
                      下品と考えてしまうのは現代のわれわれの視点にたった見方であり、当時の
                      モーツァルト家の中では日常的なことだったようだ。なぜなら、モーツァルトの
                      母から夫(父レオポルト)に宛てた手紙にもこうした傾向が見られるからである。


                      ↑1779年5月10日 ベーズレに宛てた手紙

                      残念ながらベーズレがモーツァルトに宛てた手紙は残っていない。
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                      la fontaine * モーツァルト * 10:33 * comments(0) * trackbacks(0)
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