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ニコラウス・アーノンクール・メモリアム In memoriam Nikolaus Harnoncourt

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    久しぶりのブログがこの悲しい内容になるとは。ニコラウス・アーノンクールが亡くなって1ヵ月余り。昨年12月の引退宣言からわずか3ヶ月。その訃報はあまりにも突然だった。今月4月16日、私は黒い喪旗が掲げられウィーンのムジークフェラインを訪れた。午前11時から大ホールで催されたIn Memoriam Nikolaus Harnoncourtに列席するためだ。故人を偲ぶと同時に、個人的に面識を得、著書「音楽は対話である」の翻訳を通じて、またアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とのリハーサルやウィーン、チューリッヒなどの演奏会やオペラを訪れることによって、豊かな音楽の本質を学びとる機会に恵まれた。哀悼と感謝。弔辞を述べた誰もが、その思いに共鳴していた、満席のムジークフェライン大ホールが、いかにアーノンクールがこの街とホールと深く関わっていたかを物語っている。そして私個人も。
    アーノンクールの業績と私が接することができた彼の横顔については、詳しく発表する機会があると思う。

    ムジークフェライン(ウィーン楽友協会)
    アーノンクールはここの名誉会員



    la fontaine * アーノンクール * 19:07 * comments(0) * trackbacks(0)

    アーノンクールのコンサートに多くの残席!! なぜ??

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      JUGEMテーマ:音楽

      10月29日(金) 
      前日の新潟での練習を終え、東京に戻ってからアーノンクールの来日公演の
      「天地創造」を聴いた。

      演奏はもちろん素晴らしかったが、それより開演時の客席をみて
      「えぇ・・・!!!」と驚いた。
      なんとサントリー大ホールに目立つ空席!!!
      それも2階正面の(高額な)席をはじめとして、1階席2階席の両サイドも入れ、
      ざっと目算で300〜400席が空いていた。
      休憩に「今日はずいぶん寂しいね」というお客さんもの声も耳に入った。

      ヨーロッパでは間違いなくほぼ完売になるアーノンクールのオペラやコンサート。
      たしかに26日の「ロ短調ミサ」の時にも空席はあったが、9割は埋まっていたという印象。
      しかし、29日の空席は異常!アーノンクールにはファンがいる一方、アンチもいることも事実。
      しかも、最後の来日公演と銘打って、大々的に宣伝したにしては、この聴衆の動員数は
      理解に苦しむ。
      これだけしか集まらなかったのか、それとも高額なチケットが倦厭されたのか?
      前回2006年の来日公演の盛況ぶりから考えると、どうも後者のような気がしてならない。 
      たしかにリーマンショックや円高不況と言われる経済状況だ。
      しかし、当分日本では聴けないようなクオリティの高い「天地創造」を、チケットが高額ゆえに
      失った人もかなりいるのではないか?

      海外のコンサートやオペラでは、その日のチケットの売れ行きにより、数を決めて
      スタンバイチケットや学生券を出すところが多い。端間からそれにより、客席は埋まるし、
      学生は良質の実演に触れる機会ができる。それが劇場やホールのシステムとして
      確立している。だから、海外では聴衆も、また音楽家も育っていく環境があるのだ。

      日本の場合、貸しホールという現状があり、すぐには対応できないかもしれない。
      また、正規料金で買った人とスタンバイの割引で買った人との値段の格差を指摘する人も
      いるかもしれない。しかし、スタンバイチケットの人は、直前まで聴けるかどうかわからない、
      というリスクを背負う。
      ただ、ヨーロッパでこうしたことが問題になった話は聞いたことがない。

      いずれにせよ、アーノンクールのコンサートは、日本のクラシック・コンサートのあり方を
      検討するきっかけを与えてくれたとのではないかと思った。


      la fontaine * アーノンクール * 12:01 * comments(0) * trackbacks(0)

      ニコラウス・アーノンクール 生誕80年 ハイドン「月の世界」を観る

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        12月22日(火)19時30分 アン・デア・ウィーン劇場

        ハイドン:歌劇「月の世界」
        指揮:ニコラウス・アーノンクール
        演出:トビアス・モレッティ

        ブオナフェーデ:ディートリッヒ・ヘンシェル
        エックリティコ:ベルンハルト・リヒター
        エルネスト:ヴィヴィカ・ジェノー
        クラリーチェ:クリスティーナ・ランツハマー
        フラミニア:アンナ・ニーナ・バールマン
        リゼッタ:マイテ・ボーモン
        チェッコ:マルクス・シェーファー

        管弦楽:コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン

        ハイドンの「月の世界」は長年舞台を見てみたいと思っていた作品です。それが今回アーノンクールの指揮で見られるというのは非常にラッキーでした。アーノンクールも今や大巨匠。オーストリアやドイツではドキュメントがテレビで放送されたそうです。またこの「月の世界」もプレミエがテレビで中継放送されたそうです。

        上演はとても楽しく見ることができました。前日にアーノンクールが言っていたように、随所に笑いがありました。モレッティの演出はモダンでしたが、現代劇として見てもまったく違和感がなく自然でした。エックリティコは現代の若者のファッション。ブオナフェーデはスーツ。二人の娘クラリーチェとフランミアはブラウスとスカート。ただどこかイタリアのコメディア・デラルテのアルレッカンの衣装の色合いを想像させました。


        足場を組んだような舞台装置に、廻り舞台や吊り、階段など活用して、見せる舞台を作っていました。




        ブオナフェーデを歌ったディートリッヒ・ヘンシェルはアーノンクールはしばしば共演しています。今回は演技、歌唱ともみごと。
        いつも思うことですが、アーノンクールはシンフォニー・コンサートよりもオペラのほうがより彼の本領が発揮されるように思います。
        la fontaine * アーノンクール * 07:41 * comments(0) * trackbacks(0)

        ニコラウス・アーノンクール 生誕80歳記念コンサートを聴く

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          シュミット:七つの封印
          ウィーン・フィル
          指揮:ニコラウス・アーノンクール

          ミヒャエル・シャーデ
          ローベルト・ホル
          ドロテア・レシュマン
          エリザベート・クールマン
          ウェルナー・ギュラ
          フロリアン・ベッシュ

          ウィーン楽友協会合唱団

          アーノンクール指揮ウィーン・フィル演奏会をリンツで聴きました。これはアーノンクールの80歳を記念して特別に開かれたコンサートです。
          演目はシュミットの「七つの封印」。旧約聖書から採られたオラトリオで、あまり取り上げられることのなかった作品。
          実はウィーンでも同じプログラムでコンサートがあったのですが、そちらはウィーン・フィルの定期演奏会。チケットが手に入らなかったことと、チューリッヒで「影のない女」と「オルランド」を観たかったこと、それにこれが記念コンサートということでリンツで聴くことにしました。

          brucknerhaus
          会場のブルックナー・ハウス夜景

          演奏は圧倒的でした。こういう珍しいレパートリーになぜかアーノンクールの本領が発揮されるような気がします。
          CDを聴いていましたが、実際の会場で響く「七つの封印」は非常にわかりやすく、テキストと音楽が一致しているのが肌で感じられました。


          ステージの様子

          applaus
          終演後は会場総立ちの拍手喝采でした。

          第1部と第2部の休憩中に会場にいたアーノンクールのアリス夫人にご挨拶にいきました。
          「こんばんは」
          「あら、こんばんは。どうしてここに」(知らせてなかったので)
          「もちろん、今夜のコンサートのために」
          「そういえば、ウィーンに花を贈ってくださいましたよね?」
          (12月6日のアーノンクールの誕生日にアン・デア・ウィーン劇場気付で花束を贈ったこと)
          「ええ、そうです。」
          「お礼の手紙を送ろうと思ってました・・・・」
          などと話をしてました。

          さて終演後に楽屋を訪ねると、かなり疲れた様子でした。
          まずはあらためて80歳のお祝いを述べてから、
          「明日も(ハイドンの「月の世界」のこと)来ますよ」
          と話したところ、
          「明日は笑えるよ、今日のは怖い話だったけれど」
          とアーノンクール。
          いかにもアーノンクールらしいリアクションでした。
          明日のハイドンが楽しみです。
          la fontaine * アーノンクール * 18:05 * comments(0) * trackbacks(0)

          ニコラウス・アーノンクール 生誕80年に思う(1)

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            去る12月6日に指揮者アーノンクールが満80歳を迎えました。
            今月5日にはウィーンでハイドンのオペラ「月の世界」のプレミエを指揮。また中旬にはウィーン・フィルの定期演奏会で、シュミットのオラトリオ「七つの封印」も指揮する予定です。ちなみに私も今月半ばに、この二つの公演を聴きに行きます。
            最近ではガーシュインの「ポギーとベス」のCDがリリースされるなど、相変わらず旺盛な活動を繰り広げています。

            ニコラウス・アーノンクール。今の私に決定的な影響を与えた音楽家です。彼の演奏をFM放送で知ったのは、私がまだ高校生の頃の1970年代初め。当時は彼のレコードは輸入盤でしか手に入らず、またHarnoncourtの読み方がわからず、日本ではハルノンコールトと呼ばれていました。バッハのブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲の演奏でした。当時私は東京都立新宿高等学校に通っていました。高校1年生の時の私の担任が、野村満男先生という、自らチェンバロを制作するなど、バロック音楽に造詣の深い方でした。音楽の授業でアルト・リコーダーに魅了されたこともあり、バロック音楽に私はことのほか入れ込んでいましたた。テレマン、オットテール、といった初めて聞く作曲家の名前や、リンデ、ブリュッヘン、レオンハルト、アーノンクールといった演奏家の名前も知ることになったのです。当初私はむしろ、来日したブリュッヘンの演奏により興味を持っていました。

            ドイツに留学するようになって、はじめてアーノンクールと彼のアンサンブル、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの実演を聞くことができました。

            1981年10月11日 ケルンのギュルツェニッヒ公会堂で開かれた演奏会
            ソリストはルチア・ポップ

            オール・バッハのプログラム、そして当時はまだチェロを弾きながら指揮をしていたアーノンクールの演奏は、とても刺激的でしたが、私の音楽観をまだ決定的に変えるまでには至りませんでした。むしろその年の12月にミュンヘンで聴いた、ブリュッヘンと18世紀オーケストラの初めての公開演奏会の方に、はるかにショックを受けました。それはモーツァルトの初演を聴いたかのような衝撃でした。

            とはいえ、アーノンクールの活動はつねに関心の的であったことは確かです。フランクフルト歌劇場でのラモーのオペラ「カストールとポリュックス」や、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とのバッハやモーツァルトの演奏を、ケルンからわざわざ聴きにいったりしていたのも事実です。
            (続く)


            初公開
            アーノンクール夫妻から私に送られてきたクリスマス・カード




            1989年、アーノンクールから送られてきたクリスマス・カード
            当時「音楽は対話である」の翻訳を手掛けていたので、それについてのコメントも書かれています。文章の筆跡はアリス夫人で、夫人とアーノンクール二人のサインがあります。この翻訳をきっかけにアーノンクールの人となりに接する機会も増えました。
            アーノンクール家は、夫婦二人三脚。アリス夫人の支えがあったからこそ、今日のアーノンクールがあります。
            la fontaine * アーノンクール * 01:23 * comments(0) * trackbacks(0)

            NHK音楽祭2006ハイライト アーノンクール・インタビュー

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              昨年末NHKの教育テレビで放送されたNHK音楽祭2006ハイライトは大変に
              興味深かった。
              ノリントンとアーノンクールが同じ番組のなかで紹介され、とくに演奏の合間で流されたインタビューは、彼らの音楽にたいする考えを知る上でたいへんに貴重だった。
              ところで、番組中のアーノンクールが語った部分で翻訳にいくつか気になる点があった。テレビの字幕スーパーという限られた時間に読みやすくしなければならないとことはあるが、それにしてもアーノンクールの真意を伝えるには若干修正が必要ではないかと思っている。

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              la fontaine * アーノンクール * 21:26 * comments(2) * -

              アーノンクール指揮ウィーン・フィル モーツァルト三大交響曲

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                NHK 教育テレビ 11月26日 22:30〜
                ニコラウス・アーノンクール指揮
                ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会
                モーツァルト:交響曲第39〜41番
                (2006年11月11日サントリーホールでの収録)



                先週の日曜日に放送された、東京のサントリーホールで行われた演奏会の模様。
                アーノンクールのモーツァルトの演奏を初めて聴く人には、驚きだったかもしれない。
                私は残念ながらコンサートは聴けなかったが、当日の午前中行われた
                リハーサルを見る機会があった。

                演奏会当日のステージ・リハーサルは、通して演奏した後、
                悪いところを修正する(それも2〜3箇所)というのが通常のやり方だ。
                ところがアーノンクールの場合は、ウィーン・フィルを随所で止めながら
                事細かに指示していた。「来日前に何度か演奏しているから」と
                いうルーティンは彼の辞書にはないのだ。
                さすがに団員の中には閉口気味の人も見かけられたが、アーノンクールの
                音楽に対する意思はまったく揺るがない。リハーサルを聞きに
                きていたひとからは「リハーサルというより授業みたい」だった
                というこえも聞かれるくらいだった。

                人によっては、アーノンクールはウィーン・フィルの伝統的な
                モーツァルトを尊重していないのと思うかもしれない。
                事実一昔前(10年)ならウィーン・フィルも彼と来日公演など
                夢にも思わなかっただろう。しかし時代は変わった。
                それは人々のモーツァルトの音楽に対する考え方、聞き方の変化が
                関係してると思う。

                アーノンクールは、第2時大戦後に人々はモーツァルトの音楽の中に
                美しさや調和を求めるようになった、と発言している(「音楽の友」
                2006年1月号P.90-91《時代と共に移りゆくモーツァルトの演奏様式》)。
                確かに私たちはそういった演奏様式のモーツァルトを、モーツァルト
                だと感じて(信じて)聞いてきたものだ。だからアーノンクールの
                モーツァルトが登場してきた1980年代、ヨーロッパでもその演奏は
                喧々諤々、論議を巻き起こした。しかしそれは明らかに彼の意図した
                ことだったのだ。
                彼は「モーツァルトの音楽が往時に持っていたであろうインパクト」を
                原典をさぐりながら「現代に蘇生している」からだ。
                彼のモーツァルトは歴史的でありながら(逆説的に)現代的でもあるのだ。
                ここにアーノンクールのモーツァルト演奏の原点がある。
                そうした彼の考えは方は『音楽は対話である』でも述べられているので、
                興味のある方はぜひ参照していただきたい。

                彼がこの3曲を連続して演奏する機会がいつあるかはわからない。
                そう言う意味でもモーツァルトの演奏が日本で聴けたことは貴重だった。

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                la fontaine * アーノンクール * 20:15 * comments(0) * -

                アーノンクール指揮 『メサイア』

                0
                  11月21日 19時サントリーホール
                  ヘンデル『メサイア』
                  ニコラウス・アーノンクール指揮
                  ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

                  ソプラノ:ユリア・クライター
                  アルト:ベルナルダ・フィンク
                  テノール:ヴェルナー・ギューラ
                  バス:ルーベン・ドローレ
                  合唱:アーノルト・シェーンベルク合唱団


                  大変に充実したコンサートが聴けた。アーノンクールはこうした規模の
                  大きな作品でその実力を発揮する。歌詞(の内容)と音楽の一致を
                  彼ほど徹底的に追求する指揮者はいないだろう。
                  ルーティーン・ワークになりたくないというアーノンクールは
                  来日前に何度かヨーロッパで本番を重ねているにもかかわらず、
                  『メサイア』を京都で6時間も練習したそうである。
                  それだけのこだわり(ほとんど執念)と音楽の完成度を目指す
                  彼のやり方はやはり凄いと言わねばならない。

                  <ヴィブラートの誤解>
                  演奏会で実演を聴いた古楽ファンはオーケストラが完全なノン・
                  ヴィブラートでないことに驚いたのではないだろうか。
                  古楽=アーノンクール=ノン・ヴィブラートの代名詞のように
                  言われているが、彼は一度も「ノン・ヴィブラートでなければ
                  ならない」と発言したことはない。むしろ「すべてノン・ヴィブラートも
                  すべてヴィブラートも間違っている、ヴィブラートはその音の美的
                  な質に関わっている」と主張している。
                  たとえば対位法的な部分や、レチタティーヴォではヴィブラートを
                  控え、旋律を歌わせるところでは短いヴィブラートをかける。
                  あくまでも音楽の内容と質によるというのが彼の主張だ。
                  『メサイア』の演奏もそれを反映していたと思う。

                  <ハレルヤ・コーラス>
                  『メサイア』のスコアにはヘンデルにより、オーケストラのソロ(senza rip.)と
                  トゥッティ(con rip.)が細かく指示されている。
                  ソロのところではオーケストラの人数が減らされ、トゥッティで
                  全奏になる。当然それに強弱が関係するが、それをアーノンクールは
                  実に丹念に表現していた。
                  例えば、有名な「ハレルヤ・コーラス」。
                  慣例的に強奏で始める演奏が多いがアーノンクールはここを弱奏で
                  始める。なぜなら、曲の初めにsenza rip.と書かれているからだ
                  (強弱が書かれている曲もあるが「ハレルヤ」にはない)。
                  合唱も歌い出しは小さい。それが曲が進むに従い強さとテンポを
                  増し行く。「ハレルヤ」が変化に富んだ曲としてユニークに演奏された。
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                  la fontaine * アーノンクール * 01:03 * comments(4) * -

                  アーノンクール著『音楽は対話である』改訂第2版出版

                  0
                    音楽は対話である モンテヴェルディ・バッハ・モーツァルトを巡る考察
                    音楽は対話である モンテヴェルディ・バッハ・モーツァルトを巡る考察
                    那須田 務,本多 優之

                    1992年に出版されてからずっと版切れになっていたが、改訂第2版として
                    装丁も新たに出版された。
                    今回なんとか来日に間に合わせることができた。
                    実は訳文の再検討は数年前に一度、徹底して行っていたのだが
                    諸般の事情で出版が遅れていた。

                    この本はモンテヴェルディ、バッハ、モーツァルトについての論考を
                    収録したエッセイ集である。
                    エッセイといっても内容は非常に濃く、また演奏の実践に即した
                    内容になっている。実際に楽譜を参照し、CDやDVDを鑑賞しながら
                    読むとさらに深められると思う。

                    ここで目次を紹介しておこう。

                    序文
                    日本語版によせて

                    第1部 音楽的対話
                    中世の音楽 ― その音のイメージについて
                    教会の内外における楽器
                    1600年頃の大改革
                    響きの美学、醜くも美しいとは?
                    現代におけるモンテヴェルディ
                    作品と編曲 ― 楽器のはたす役割について
                    作品と演奏について
                    バッハとその時代の音楽家
                    演奏の伝統について
                    コンチェルト
                    ガンバ・ソナタ ― 慣用的な響きあるいは任意の楽器選択
                    カンタータ、 バッハの中心的な作品
                    バッハのカンタータにおける管楽器
                    バッハの「オーボエ・ダ・カッチャ」とその復元
                    バッハにおける楽曲転用の用法
                    ウィーン・コンチェントゥス・ムジクスによる
                     《マタイ受難曲》の初めての演奏
                    マタイ受難曲の歴史と伝統
                    モーツァルトは改革者ではなかった
                    モーツァルトの光と影 ― オーケストラの編成について
                    モーツァルトにおけるアレグロとアンダンテの考察
                    メヌエットからスケルツォまで
                    モーツァルトにおける演奏解釈への指示
                        楽譜に書かれていない演奏習慣について

                    第2部 作品について語る
                    クラウディオ・モンテヴェルディ
                    《オルフェオ》― 詩と音楽とテンポについて
                    《オルフェオ》の管弦楽法と編曲について
                    《ウリッセの帰還》
                    《ポッペアの戴冠》
                    《聖母マリアの夕べの祈り》
                    J.S.バッハ
                    《ブランデンブルク協奏曲》
                    《ヨハネ受難曲》
                    《マタイ受難曲》
                    《ミサ曲ロ短調》の演奏解釈の歴史
                    W.A.モーツァルト
                    《イドメネオ》に関する往復書簡に見られる
                           モーツァルトのドラマトゥルギー
                    《レクイエム》、自叙伝に関連するただ一つの作品 
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                    la fontaine * アーノンクール * 00:05 * comments(2) * -

                    アーノンクール指揮ウィーン・フィル演奏会

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                      ついに待ちに待ったアーノンクールとウィーンフィルの来日公演が幕を開けた。

                      11月3日15時サントリーホール
                      アーノンクール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                      ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調


                      初めにウィーンフィルの団長によるスピーチがあり、11月3日が
                      佐治敬三氏の命日にあたるので故人を偲んで、モーツァルトの
                      アヴェ・ヴェルム・コルプスを演奏するという。続いて
                      アーノンクール指揮ウィーン・フィルとバッハ・コレギウム・
                      ジャバン合唱団により曲が演奏された。

                      その後、改めてブルックナーの演奏が始められた。演奏は従来の
                      ブルックナー交響曲の演奏とは一線を画するユニークなもの
                      だった。それは、全休止の後の間の取り方、フレーズの作り方、
                      和音の鳴らし方や音の切り方、それに各声部の響きの分離に特徴が
                      現われていたと思う。
                      普通ブルックナーというと、オルガンのような壮大な響きや
                      重厚なオーケストラがイメージされるが、アーノンクールは
                      そうした先入観を解き放って、スコアから読み取れる音楽を
                      一音一音読み込むように全体を構築していった。
                      アーノンクールは演奏を通じて常に何らかの問題提起をしてきた
                      。彼の演奏するバッハやモーツァルトも、当初は伝統的な演奏
                      スタイルに反する「異端」とみなされてきた。彼のブルックナーの
                      演奏を聴きながら、もしかすると今後20年の内にブルックナーや
                      マーラーの演奏様式が変わる可能性があるかもしれないと思った。
                      (実際にその動きはもうヨーロッパで始まっている、と私は
                      みているが・・・)。

                      この日ウィーン・フィルからはいつになく透徹した、言い方を
                      かえればウィーン・フィルらしくない響きが聞かれた。
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                      la fontaine * アーノンクール * 22:49 * comments(2) * -
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